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イソップ主義:いわた・きよし |
当該知見基盤は、30年以上前に在る |
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私の、「正直者が決してバカを見ない社会」を、北風ではなく太陽で具現することを目指した
究極の情報セキュリティー「ITSS」の知見基盤は、1981年8月6日未明に誕生しました。 広島に原爆が落とされて36年目の当日の未明のことです。
余りに暑くて、なかなか眠れませんでした。 それでも幾らかは熟睡したのでしょう。 私は両脇を屈強な大男に捕まれて、不気味な航空機に乗せられるべくタラップを上っていました。 一瞬の隙を見逃さず、私は逃げ出しました。
そして、タラップを踏み外して、『危ない!』との自分の大声に目覚めました。 |
夢でよかった! けれども、拉致される恐怖感が残って、再度、眠ることが出来ませんでした。
こんな怖い夢を見ることになったのは、「マンデルブロ集合」の、
それまで、世界で誰一人演算描画できなかった「フラクタル集合内部」のパターンを描き切られるとの確信を持つところまで「
拓学」が進んだ結果でした。
『眠れないのであれば起きて仕事しよう。』と、プログラムソースを再検討し始めて、30分後、一瞬の閃きを試してみた「信号波形2分割要素解析」が、
世界で初めて「フラクタル集合内パターン」の可視化を成功させたのです。
と、同時に、予想もしなかった、今では、「引力圏」あるいは「縄張り」と呼んでいる「フラクタル集合外パターン」が表示されているのを発見して驚きました。
しかしながら、「集合内パターン」が描画されているのは、今では「フラクタル集合本体」と呼ばれている領域だけでした。
一つの発見をした為に、新たな疑問が提起されてしまいました。 |
この、「フラクタル集合本体」部分のみ「フラクタル集合内部パターン」が演算描画される理由を解明できたのは、約1年後です。
このとき、「直線上にも渦巻き構造が有る」ことも発見しました。
この理由の解明に着手した事から、「固有振動周期性」と言う事象が存在し、この事象解明の省時間・省労力を追求した事から、「固有振動周期性解析可視化処理手法」を発明し、
「固有振動周期性連絡網」と言うべき事象を発見しました。
色彩物理学、色彩化学、色彩工学、色彩生理学、色彩心理学、色彩芸術学の専門家の専門家としての立場から、
着色周期に有意な小数部を持たせることを思い付いたのも、この時期です。
この整数に有意な小数部を持たせるという考え方が、
約15年後に「漸化式反復演算回数小数部抽出可視化処理手法」として開花しました。
そして、新たな発見を一つする度に、発見総数の二乗の割合で、謎が増えて行くことを、何にも代え難い喜びと感じたのも、この時でした。 それは、この謎の、指数関数的な増加は、世界で誰よりも先を歩んでいるという「独学」と「拓学」との違いを知った喜びでもありました。 |
この喜びが、冒頭の、「正直者が決してバカを見ない社会」を構築する為の夢でしかなかった知見に、実用化の道を開きました。 |
同時に、外出時、常に誰かに尾行されていると気付いたとき恐怖感に置き換わりました。 自宅に、盗聴器が取り付けられていることを発見したからです。 交番に届けても、『悪い悪戯でしょ?』とあしらわれ、友人、知人の大半もが、『荒唐無稽。』『誇大妄想だ!』と断じて、容易に信じてくれない恐怖感を思い出すと、他者には、こんな気持ちを、絶対に味あわせたくないと、今でも固く念じています。 |
この恐怖感を味あわせてくれた人をKさんと言います。 最終的には知人と言うよりも友人の範疇に入れられる付き合いをしました。 米国国防総省関係者です。CIAやNSAを渡り歩いた人です。米国内で、何度も、寝食を忘れるほどの共同知的活動をした時期も在りましたが、NASAの画像解析処理チームにも、縁を深く持っていて、物凄く守秘義務を背負っている人である事が判ったので、彼が言う事だけを信じることにして、彼の詳細な履歴を敢えて尋ねていません。
判っているのは、彼が自主的に話してくれた言葉から知り得た事項だけです。その中で、最も重要なのは、 『私の父は、元ヒトラー・ドイツ時代の外交官で、私は、父が、ドイツ大使館員として、東京赴任時に生まれました。』との言葉です。確かに、彼が話す日本語は、普通の日本人の日本語よりも、論理的で格調高いものでした。
こういう過去を有する彼が、何故、米国の軍事関係者? 理由は、彼の父が反ナチズムで米国に亡命したからに他なりません。 それを知って以降、私は、彼の過去を知ることを殊更避けました。
彼の、父は、京都空襲と、天皇制崩壊を企図する勢力に対して、最後まで反対し貫き、また、広島、長崎の惨状を、幾らかでも回復できないかと尽力した人でもあります。 彼は此の父の精神性を確実に受け継いでいました。 |
この彼が、当該知見の最初にして最高の理解者です。 彼は、『いわたの知見の可能性を、一を聴いて、十理解できる日本人は、十人いないだろう。』と言いました。 理由は、『世界中でも百人いないから。』だそうです。
その彼が、1990年になって、熱心に勧めてくれたのが、『知見の手書きメモを活用して、確定日付を取るように。』でした。 以下に、彼の助言に従った、「知見の手書きメモを含む書類」の、確定日付部分を示します。
『特許権において、世界で唯一、「先願」ではなく「先考」を押し通す米国に対して、きっと役に立つから!』 この忠告は当たっていました。 この忠告に従った結果、この確定期日からでも既に20年以上の歳月が経っていますが、「信号波形N分割要素解析可視化処理手法」は、「世界唯一」を依然、保持しています。
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