今年の「国展」出品作完成。明日は東京。
2009年4月20日

 「展覧会とはかくあるべき」と唱えられる立場の我が夫・いわた先生は、提唱10年後の昨年、版画部の審査に「重み付け投票法」と言うルールを新たに加えることによって、「民主主義」の欠点である「何でも中庸が最高」との弊害を少なからず除去することに成功して、今年も、腰痛に悩みながらも、意気軒昂そのものですが、工芸部での私の立場は、それとは大違い。完成を目指しながらも反省もかなり多いところで、言わば時間切れで、今年の作品を完成させました。明日は朝一の新幹線で東京です。

2009年国展出品作「Japanesque Never Ending Cycle」部分・その1

2009年国展出品作「Japanesque Never Ending Cycle」部分・その2

2009年国展出品作「Japanesque Never Ending Cycle」部分・その3

2009年国展出品作「Japanesque Never Ending Cycle」部分・その4

今年の出品作品は、一昨年と昨年いわた先生から教わったコンピュータを駆使する織柄生成手法の可否を自ら確かめるべく、
イメージ的には昨年に連続するものの、100%私の頭による方法で図案作成しました。
その方法と、織作品の歪みを伴わない拡大画像は、いずれ私の「えとせとら」と「展覧会出品履歴」のそれぞれの専用ページで紹介するつもりです。
なお、「国展」会場での展示は「部分・その4」が正しい布向きです。「その1〜その3」はホームページ上で出来る限り大きく見ていただくための処置です。

<今日の我が家のお花たち>

「雨に濡れた椿・花仙山」油彩刷り木版画風フォトカットImage6765V

小振りで淡い淡いピンクの「花仙山」は、いわた先生が見付けて、我が家の椿家族の一員にしました。開花し始めの初々しい姿を捕らえています。

「雨に濡れた椿・花仙山」水彩刷り木版画風フォトカットImage6766Z

Image6765Vの「油彩刷り処理」を「水彩刷り処理」に変えたシミュレーション。油彩刷り木版画風では「つや葉」となっているところが、 水彩刷り木版画風では艶消しになっています。これは、油性絵の具と水性絵の具の特性に因るところ大であり、ここまでのシミュレーションが出来るのは、 流通している「お絵描きソフト」開発者には無い、版画家としてのいわた先生のノウハウに依るところ大だと思います。この特長を有する、 アプリケーションソフトとしての「フォトカット」は、これから第一線版画家を目指す者にとっての必需品だと思いました。 開発者じきじきの省時間・省労力・省資源的活用で制作されたコンテンツ(美術作品)としての「フォトカット」は、作者自身のイメージを、 より一層、最高傑作に近付け得る道具としての機能を、ここでも充分に発揮しています。

「雨に濡れた椿・春曙紅」油彩刷り木版画風フォトカットImage6767V

この「春曙紅」は、ランの館の椿展で見付けました。花びらの色合いがとても上品な雰囲気を持っています。いわた先生のお気に入りの椿の一つです。

「菫・スズキスミレ」水彩刷り木版画風フォトカット6768Z

『菫とはいえ、キチンと鉢植えしているからこそ、こうして絵の題材として「好みの構図」で写すことができるのだ』そうです。
・・・との理由で、いわた先生は、今年、菫も4種類集めました。我が家では、椿も菫も同格で育てています。でも、やっぱり、いささか小さいですねぇ。
それゆえ?なのでしょうか、この「スズキスミレ」の水彩刷り木版画風処理は、菫の輪郭と花びらの色相の鮮やかさに焦点を合わせて
それ以外の葉っぱも、菫の背後に参加?している「花仙山」も、フォトカット処理の色相のバランスを調和させることで納めているようです。
水彩刷り木版画風処理といっても、色相の操作などを微調整することによって表現に変化をつけることができるのが「フォトカット」なのですね。
いわた先生は、「フォトカット」を、新しい表現方法として、身近にあるお花を実証実検の題材として相当数作っています。
私も、2007年からの織物作品は、いわた先生から教わったコンピュータ知識を駆使して省時間・省労力・省資源が叶うようにシミュレーションしています。
2007、2008年の織作品は、このシミュレーションが本当に正しいかの実証実検の織物制作でした。そして、今年の織作品は、このシミュレーションそのものが、 本当に「織作家・織姫」の役に立つかどうかの実証実験の場としました。この目的のため、今年の出品作は、 いわた先生の「無限展開型」の「フラクタル画像」にヒントを得たイメージを、2006年までのフル手仕事の手法で図案化して織り上げました。 言わば「セミオートメーション」といったところです。この結果は、「手仕事ならば何でも良い」的な考え方の人に妥協したと言った感じが湧き出て来て、 これは「温故知新」「プラスα」的な「前向きな発想」ではなく、むしろ「マイナスα」的だと気付き「私自身の作業方法に問題あり!」と、 私なりの収穫を得たと理解納得できたところで「完成」としました。
いわた先生のコンピュータキャリアに対して初心者であり、なおかつ、織物は時間の掛かる作業工程を経なければ仕上がらない仕事ですから、
スピーディに作品作りの手応えを手法として確立するために、もっともっと真摯に時間を掛けなければいけないことを思い知ったことも 、今年の作品制作過程での、とても大きな収穫でした。『「理解納得」が「悟り」まで行けたら本当に素晴らしいね。』とは、いわた先生の言葉です。

 

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