「徒然花」2009年5月3日 井村好枝

 自らが生きた証に「織」を思い立って、既に27年を超える歳月が経ちました。

 この、向こう見ずな目的以外には、「織」について、充分な知識が無かった私の願いを、宮平初子先生以下、沖縄の諸先輩が叶えてくださったお陰で、今の私があります。

 

 名古屋へ戻って、 展覧会「国展工芸部に出品して、私自身が「こうでなければ・・・」と考える「工芸」としての「織」と、展覧会組織が考える平均的な「織」との間に大きなギャップが在り、『これでは、自らも本当に満足できる「織」が一生に幾つ出来るか?』との問いから発生する難問を解く鍵は、『手仕事の本当の良さを極めるためにも、「省時間」「省労力」「省資源」が必要不可欠。』と悟る所に在ると気付いた時、この道を切り拓くための知見の持ち主が、先生として「国画会」に、しかも、名古屋在住者に見付けられました。

 しかも、この先生は、一般に「お絵描きソフト」と呼ばれる「CGアプリケーション」の単なる使い手(オペレータ)ではなく、CGシステム開発者として、1970年代半ばの数年間、米国で、CGシステム基盤研究開発を成したグループに、唯一、美術家側から物を申した人でした。
 それ故、とっても難しい専門知見を、展覧会会期中、所属する版画部の出品者の皆さんに対して、先輩として留まることなく喋り続ける人でした。

 この人が、いわた・きよし先生。 今は、私の夫です。
 「手仕事」に対する価値観が全く同じであることが結婚する決め手でした。親子ほど齢が離れていることは、然程気になりませんでした。
 理由は、疑問が沸けば幼子のように「何故?何故?」で、時間を超越してしまう、私以上の気の若さが、彼の全身から溢れ出ていたからです。

 私が、最近めっきり増えた白髪を、逆活用して、実際よりもちょっぴりふけて見られるようにしているので、今では、他人には、とっても花好きな仲の良い初老夫婦と見られるようになって、「徒然花」をアップし始めて以来、高性能カメラ付き携帯電話の機能を活用して、お花を写しまくっている私たちに対して、気軽に声を掛けてくださる方々の数が日増しに大きくなっています。
 先日の展覧会の為の上京時に、余った時間を活用して、向島百花園まで足を伸ばした折にも、花好きな老夫婦から「お仲間意識」を持たれました。
 それに比例して、「徒然花」へのアクセス回数も増えています。

 
 

続く

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